さよなら三百人劇場 | 福田逸

 三百人劇場開場が昭和四十九年、以來まる三十三年活動を續けてきたわけです。長いともいへるし短かつたとも言へます。開場の年には何と十二の作品を舞臺に載せました。その翌年は實に十六作品です。それが三年目には七作品に。さう、この年に劇團雲の分裂、雲殘留組と欅の統合、昴の誕生があつたのです。まさに夢のまた夢です。
 さういふ次第で昴の歴史は三百人劇場の歴史とほぼ歩みを同じくしてをり、それはひと言でいへば「茨の道」以外の何ものでもありません。現代演劇協會設立から數へれば四十三年、創立メンバーにとつては、おそらく大きな夢であつた劇場を持つと同時に私達の苦難の道が始まり、老朽化した劇場を建て直す力も無く、今回、心機一轉、零からのスタートを切る覺悟をした次第です。
 ここに到るまで、あらゆる可能性を探り思ひつく限りの方策を取つて來たつもりではありますが、全ては結果一つで判斷されても仕方なく、劇場閉鎖は無念の一語に盡きます。
 その間、私共を励まし應援し續けて下さつた皆樣にお詫びの言葉もありません。開場三年目のある舞臺では觀客の數が出演者の數より少なかつたなどという笑へぬ(しかし懷かしい)「傳說」もあります。さういふ苦勞を味はひ、分裂時の危機を乘越える強い意志があり、それを支へて下さつた内外のスタッフ・關係者・贊助員の皆樣のお陰があつたればこそ、今日まで劇場を維持することが出來たのです。それを手放すにはそれ相應の決斷と覺悟とが必要でした。が、あまり格好をつけるよりは、老朽化ゆゑと、静かにこの地を去る方がよいのかもしれません。開場以來、本公演、ザ・サード・ステージは言ふに及ばず、發表會や勉強會そして學校の卒業公演などまで足を運んで下さつた方々に心から御禮申し上げます。幾多の舞臺が少しでも皆樣の心に何らかの形をとどめてゐることを祈るばかりです。
 いよいよ『八月の鯨』が最後の公演となりますが、劇場を閉鎖しても活動は續きます。來年度は旣に旅公演が二つと地本での企畫公演が一つ、東京での公演が二つ決まつてをります。劇場と稽古場を失つて活動が困難を極めることは覺悟の上ですが、その力は聊かも失つてはをりません。これを機会に大膽な機構改革を進め、皆樣のご期待に少しでもお應へすべく、關係者一同初心に帰つて頑張ります。一層のご支援のほどをお願ひ申し上げます。本當に有難うございました。