創立四十周年 | 福田逸

 劇團雲が旗揚げしたのが昭和三十八年(一九六三年)、劇團欅の結成が二年後のことでした。當時、文學座からの脫退といひ、二劇團制といひ、或いは海外からの著名な演出家の招聘も含め、わが集團は常に演劇界の先端を走り、時に物議を醸し、時に話題を提供して參りました。
 劇團昴となつてからも、地域劇團東京演劇祭を十五年に亙つて開催し、海外との演劇交流においては、劇團の招聘、相互訪問公演、そして合同公演と常に他劇團にさきがけ、しかも持續的に新しい試みに取り組んで參りました。
 そしてまた、英國随一の演劇學校の協力を得て十年餘りに亙つてワークショップを開催し、自前の劇場を持つ利点を活かして、今や年中行事と化した『クリスマス・キャロル』の公演を十二年に亙つて續けるといつたやうに、時代の移り變はりと友に歩んで參りました。まさに継續は力と言へませうか。
 一方、レパートリーといへば、嘗ては我々しか取り上げなかつたやうな作家や作品をどこの劇團でも、或いはプロデュース公演でも取上げるやうになり、結果として、我々の存在の意味が薄れかねない危險が背中合はせにあることも事實です。
 創立三十周年記念誌で觸れたことですが、三十年といへば一世代、それからさらに十年の歳月が流れた今、劇團昴は、氣がついたら世代交替が終はつてゐたといへませうか。
 このやうに劇團内外の諸情勢は、常に目まぐるしく變遷してをります。その中で、さらに十年二十年と歴史を積み重ねてゆくことの難しさは、誰よりも我々劇團の構成員自身が十分認識してゐることです。
 時代に迎合せず、しかも時代の要請に應じ、かつ時代を先取りしてゆくには、我々自身の活力の充實が必要なことは言ふまでもなく、また、さらなる世代交替を積極的に進めるほどの度量も必要とされませう。劇團員一同、弛まぬ努力と精進を重ね、よりよい舞臺創りに励む所存でをります。
 かうして、ここに四十周年を迎へられましたのも、私共を支へ應援して下さつた皆樣のお陰に他なりません。心より厚く御禮申し上げるとともに、これからの昴に一層のご聲援を頂きたく、謹んでお願ひ申し上げる次第です。