創立三十周年を迎へて | 福田逸
謹んで新年のお祝ひを申し上げます。
昴の母體たる現代演劇協會が設立されてから、いつの間にか三十年といふ長い歳月が流れてしまひました。顧みましても、一時として順風滿帆と言へる時があつたのか、甚だ心許ない次第です。恐らく、劇團員の誰しも、自分の歩む道に迷ひを生じたことも一再ならずあつたはずです。当然の結果として離合集散もありました。が、そんな時にやはり、恐らく劇團員の誰しもが考へたことは、この昴の舞台を愛し樂しみにしてゐて下さる觀客の皆樣の存在だつたに違ひなく、私どもがその事にどれ程元氣づけられ、勇氣づけられて來たか、言葉に表す術もありません。かうして芝居の世界で生きぬき、劇團を維持し、今年三十周年を迎へられるのも、何にもまして觀客の皆樣のご支援の賜と心から御禮申し上げる次第です。
旣に御承知の通り、昨年度の公演から「創立三十周年記念」と銘打ち、レパートリーも幅廣くお樂しみ戴かうと、古典劇から現代劇まで、或いは悲劇喜劇の別なく、更に本公演の他にも若手主體のサード・ステージ、多くの旅公演と手懸けて參りました。
中でも昴が八年の歳月をかけて練り上げて參りました『セールスマンの死』が昨年度の藝術祭賞を受賞致しました事は、三十周年を目前にした私どもにとり、この上ない喜びであるとともに、大いに誇りと致すところでもあり、これまた、初演、再演、そして數次に亙る旅公演每に皆樣の暖かいご聲援あつての事と感謝申し上げる次第です。
さらに本年は、多くの方の強い御希望に添ひ、三度目の旅公演を前に、三百人劇場で『アルジャーノンに花束を』の三演目の開幕によつて昴の活動が開始され、あたかも『セールスマンの死』の後を追ふやうに、順調な滑りだしを見られるのも私どもにとつては喜ばしい事ではあります。このことは九月に予定される『チャリング・クロス街84番地』にも言へることで、サード・ステージでの初演から數へて、やはり三演目、東京公演の前には關西・名古屋での公演があります。レパートリーに困つての再演は淋しいものですが、多くのお客樣の御要望にお應へしての再演三演は誠に嬉しく、スタッフ、キャスト一同、力の限りの舞臺を更に練り上げてお目に懸けられるものと存じます。
六月のシェイクスピア作品は、昴としては初演となる『お氣に召すまま』、昨年より二年間、劇團の客員演出家として滞在中のリチャード・ホワイト、クリスティン・サンプション夫妻の共同演出となります。お二人は米國屈指の演出家であり、ホワイト氏はシェイクスピアの専門家でもあります。米國人による、しかも氣銳の演出家が昴のシェイクスピアにどんな味附けをするか御期待下さい。
秋の公演は『機械仕掛けのピアノのための未完成の戯曲』、ご存じの通りチェホフの『プラトーノフ』を、ニキータ・ミハルコフが映畫化し大評判になったものを、ミハルコフ自身が再舞臺化した作品です。演出は菊地准が擔當いたします。
それぞれの舞臺が創立三十周年の名に恥ぢぬものとなり、かつ皆樣のお氣に召すやう、劇團が一丸となつて精進致す所存でをります、一層のご指導ご鞭撻のほど宜しくお願ひ申し上げます。